【感想】中村文則:著「何もかも憂鬱な夜に」を読んで何もかも鬱になる

  • 2017.04.01
  • 2019.10.12
  • 読書
【感想】中村文則:著「何もかも憂鬱な夜に」を読んで何もかも鬱になる

ほんとに意味わからないくらいに憂鬱になっちゃう夜ってありますよね。

タイトルに惹かれて衝動買いした本書は、作品名通り、何もかも憂鬱な夜に捧げる最適な本だと思いました。

何もこれを読んだからといって鬱が解消されるわけではありません。むしろ、その反対。鬱を増幅させてしまう危険性をはらんでおります。

それではネタバレを含みつつ、鬱の冷めやらぬうちにそんな本書の解説、解釈あるいは感想について。

冒頭の蛇の話と海の記憶の話

いきなり良いシーンでお気に入りです。

象徴的な冒頭で一気に入り込んでいけました。
主人公の古い過去の記憶の話で、作品全体の雰囲気を表していると思います。

というか好き。
好きだから引用します。

一羽の赤い鳥を飼っていた。

その赤は、こちらが不安に思うほど、鮮やかで目に眩しかった。
赤い鳥はカゴの中でエサを食べ、水をすくい、飛ぶ代わりに跳ねるように動いた。 その鳥は細く、小さかった。
その赤は、僕に命を連想させ、その小ささに、僕は不安になったのかもしれない。
鳥自体が命であるのに、色からも連想したのは、いかにも子供だったのだろうと思う。

鳥は蛇に飲まれて死んだ。
僕が生涯で初めて意識した命は、僕たちの過失によって、簡単に終わることになった。

~中略~

あの時の蛇の表情を、僕はよく憶えている。
満足した笑み、というのではなく、悲しい、というのでもなかった。 その表情は無表情だった。
まるで現実を全て受け止めたかのような、こうなることがわかっていたかのような、蛇という自分の存在の全てを、自覚しているというような、諦めとも、覚悟とも取れる、動きのない表情だった。

作品としては、終始こんな感じの陰鬱な雰囲気が続いていきます。
著者自身も、あとがきで「水」を物語に溶け込ませるように書いたと述べています。
水は命を連想させ、雨のシーンも多くみられます。表紙絵も雨降ってます。

そして、読み終わったときは、まさに鳥を飲み込んだ蛇のような表情になってしまう。
そんな作品です。

暗い雰囲気だからこそ楽しめる

読んでいるときは、終始暗い中進んでいく雰囲気を噛みしめ、一種の心地良さも感じていました。
しかし、同時にその雰囲気の中で、知らず知らずに希望と明るさを探してしまう自分もいました。

そんな中、見出された一つの光は暗い中だからこそ、際立った明るさをもって読者に届き、優しいメッセージとなって心に沁み込んできます。
なんというか相反する二面性を感じることができました。砂漠の中でオアシスを探し求める感じ。

葛藤に迫るシーン

作品全体を通して、感じたのは、人間の抱える言葉にできないもやもやした気持ちを的確に表現し核心に迫ってくるシーンが多く見受けられるということです。

例えば、真下のノートを読むシーン。
主人公の友人である真下は、思春期特有の葛藤をノートに記し、このノートを気持ち悪いと思える人間になりたいと綴ります。
そこにある憂鬱。少なからず、理解はできる。
中高生のときに読んでいたらヒットしていたと思います。

後、自分と小説の登場人物の年齢や境遇が近いときにその作品読めたらなんか共感性がより高まる気がします。

また病院での主人公と佐久間とのやりとりもそうです。
主人公が、強姦の罪で収容されていた佐久間と対峙したときに自分との共通点を指摘され、本質を突かれてしまう。

「あなたは、どちらかと言えば、こっち側の人間です。初めて見た時から、気がついていた。別に強姦になど興味はないだろうが、少なくとも、別の面で真っ当でないはずですよ。あなたは何かを、ずっと夢想してる。そうでしょう?私は自分を常に分析してるから、他人のこともよくわかるんだ。何かをやらかして、あなたの全部を使い果たして、全てを終わらせた後にくる、何もないような状態、違いますか?それは私にも覚えがあるんだ。」

そして主人公は自分自身も根本的にはこっち側の人間でないかと懐疑心を抱いてしまい自棄になる。
たまに沸き起こる破壊衝動を見透かされていたわけです。

 

そんなシーンを介して、僕も自身のどこかに潜むかもしれない衝動の存在を指摘されているようで、若干恐怖しました。

命について語るラストシーン

蛇は食欲に従った。
山井は破壊欲に従った。
佐久間は性欲に従った。
真下は自ら命を絶った。

人間には、倫理がある。

幼少の頃、自殺を試みようとした主人公は施設長から自殺と犯罪は、世界に負けることだからと諭されました。

そんな刑務官である主人公は差し迫る控訴期限が切れると死刑となる山井に対して語りかけます。

「お前は、もっと色んなことを知るべきだ。お前は知らなかったんだ。色々なことを。どれだけ素晴らしいものがあるのか、どれだけ奇麗なものが、ここにあるのか。お前は知るべきだ。命は使うものなんだ。」

「人間と、その人間の命は、別のように思うから。・・・殺したお前に全部責任はあるけど、そのお前の命には、責任はないと思っているから。お前の命というのは、本当は、お前とは別のものだから。」

死刑制度、命の在り方について考えさせれるシーン。
山井に語りかけることで、自らにも言い聞かせているかのように思えます。

また、主人公がかつて施設長に言われた言葉を背景に山井に話を説くという構図はとても感動的です。
この構図、まるで、スラムダンクで魚住が、田岡から言われた言葉を思い返しながら、赤木に対して、「むかっていけ!」と檄を飛ばすシーンを彷彿とさせるのです。

そのでかい体はそのためにあるんだ!
スラムダンク24巻より

ピース又吉の解説

文庫本版にはピース又吉の解説が収録されていて、こちらも感心させられる内容で読みごたえがありました。

そこで又吉が小説について述べている箇所があるので引用させていただきます。

あくまでも小説というものは複合的な要素が組み合わさって無限の可能性を生み出す表現形式だと思うのだが、他ジャンルの芸術やエンターテイメントと比べ、小説だけが独占的に持つアドバンテージが一体どこにあるのだろうと考えた時、人間の精神内部で発生する葛藤や懊悩や混沌に対して、より鋭敏に緻密に繊細に迫れる点こそが小説の魅力だと自分は思っている。

なるほど。
また、その観点からみれば、まさにこの作品は人間の言葉では説明しようもないもやもやを表現し核心まで迫まってきます。

言葉では説明しようもない、人間誰しもが心に底流させている気持ちを言語化し浮かび上がらせようとしています。

この解説を読んで「火花」を読んでみたい気持ちがより一層強くなりました。

終わりに

評価が別れがちな作品だと思うけど、僕は純粋に楽しむことができました。

200ページにも満たないですが、反比例して濃い内容となっています。
さらっと読めて手軽に鬱になりたい。
そんなときにぴったりな作品です。

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おわり

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